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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(あ)1283号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護士秋山昭八の上告趣意は、憲法三二条違反をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であり、弁護士杉野修平の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

所論にかんがみ、職権により検討する。原判決の是認する第一審判決の認定によれば、被告人両名らの合意により、株式会社アイデン(以下「アイデン」という。)が第三者割当増資の方法により新株の発行(発行価額一株二五〇円、払込期日昭和五九年二月二五日)を行った際に、発行総株式数一二八〇万株のうち六四〇万株について、以下の方法で払込みが行われたことが認められる。

1  アイデン商事株式会社(以下「アイデン商事」という。)の引受分二〇〇万株のうちの一二〇万株については、アイデンは、昭和五九年二月二三日、アイデン振出の額面三億円及び二億円の手形二通をアマストコンピューター株式会社に交付し、アマストコンピューターは、同月二四日、東京都商工信用金庫秋葉原支店で割引きを受け、割引金のうち三億円をアイデンに交付し(二億円は同支店の要求でアマストコンピューター名義の通知預金とされた。)、アイデン商事は、これをアイデンから借り受け、申込証拠金として大和銀行上野支店のアイデンの別段預金口座に入金し、アイデンは、同月二五日、同支店から右三億円についての株式払込金保管証明書を取得した後、同月二七日、右三億円を右口座から当座預金口座に振り替え、同月二九日、右額面三億円の手形の決済に充てた。

2  東洋電子工業株式会社の引受分四〇〇万株については、東洋電子工業は、同年二月二四日、アイデンの連帯保証の下に株式会社アイチから一〇億円を借り受け、申込証拠金として富士銀行四谷支店のアイデンの別段預金口座に入金し、アイデンは、同月二五日、同支店から株式払込金保管証明書を取得した後、同月二七日、右一〇億円を右口座から普通預金口座に振り替え、東洋電子工業のアイチに対する右一〇億円の借入金債務の代位弁済に充てた。

3  アイデン商事の引受分の前記残りの八〇万株については、アイデンが前記1のアマストコンピューター名義の二億円の通知預金証明書を担保に提供し、アイデン商事がアイチの代表取締役の第一審相被告人甲野一郎個人から二億円を借り受け、2と同様の経過をたどって、アイデンは、申込証拠金として払い込まれた二億円をアイデン商事の甲野一郎に対する右二億円の借入金債務の代位弁済に充てた。

4  アイデン商事が株式会社タモンの名義で引き受けた四〇万株については、アイデン商事は、同年二月二四日、大和銀行の連帯保証の下に富士火災海上保険株式会社から一億円を借り受け、申込証拠金として大和銀行上野支店のアイデン商事の別段預金口座に入金し、アイデンは、同月二五日、同支店から株式払込金保管証明書を取得した後、同月二七日、右一億円を右口座から普通預金口座に振り替えた上、小切手で引き出して直ちに同支店の定期預金に預け入れ、これに大和銀行の質権が設定された。

前記認定によれば、右1ないし3の各払込みは、いずれもアイデンの主導の下に行われ、当初から真実の株式の払込みとして会社資金を確保させる意図はなく、名目的な引受人がアイデン自身あるいは他から短期間借り入れた金員をもって単に払込みの外形を整えた後、アイデンにおいて直ちに右払込金を払い戻し、貸付資金捻出のために使用した手形の決済あるいは借入金への代位弁済に充てたものであり、右4の払込みも、同様の意図に基づく仮装の払込みであって、アイデン名義の定期預金債権が成立したとはいえ、これに質権が設定されたため、アイデン商事が富士火災海上保険に対する借入金債務を弁済しない限り、アイデンにおいてこれを会社資金として使用することができない状態にあったものであるというのであるから、1ないし4の各払込みは、いずれも株式の払込みとしての効力を有しないものといわなければならない(最高裁昭和三五年(オ)第一一五四号同三八年一二月六日第二小法廷判決・民集一七巻一二号一六三三頁参照)。もっとも、本件の場合、アイデンが東洋電子工業に対する一〇億円及びアイデン商事に対する五億円の各債権並びに一億円の定期預金債権を有している点で典型的ないわゆる見せ金による払込みの場合とは異なるが、右各債権は、当時実質的には全く名目的な債権であったとみるべきであり、また、右定期預金債権は、これに質権が設定されているところ、アイデン商事において富士火災海上保険に債務を弁済する能力がなかったのであるから、これまたアイデンの実質的な資産であると評価することができないものである。したがって、公正証書原本不実記載の罪の成立を認めた原判決の判断は正当である。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

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